東海道五十七次伏見宿 11

勧修寺から旧道に戻り、名前のない交差点を右折するのが旧東海道です。
その前に、交差点を南下して、また寄り道。
南に進むのに新道と旧道が並んでいるけど、旧跡を訪れるので旧道へ。
しばらく進んでもそれらしいものが見当たらないので、農作業をしている方に尋ねてみると、ちょうど休憩しようと自販機まで行くのでと、案内していただけました。
ありがとうございます。
意外なことに新道沿い…ガクッ。

ということで、ぶどう直売の粟津農園に、明智光秀胴塚。
画像
天正10年(1582)年6月2日の本能寺の変の後、6月13日の山崎の戦いで敗れた光秀が、近江坂本に戻ろうとしたものの、この近くの小栗栖で土民から襲撃され、明智藪で自刃。
この地に光秀の胴体が埋葬されたと伝えられます。
前日の中山道歩きで首塚にお参りしたので、これで首と胴体がつながった?ね。
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No title

明智光秀は,織田信長を亡きものにした武将というよくない印象が
ありましたが,最近のドラマを見て立派な人だったのだなと考えが変わりました。
描き方によって,ずいぶん変わってしまうのですね。

首塚・胴塚,きちんとめぐるとらぞうさんは,すごい。

Re:No title

本能寺の変も謎が多くて、歴史上の大きなミステリーですよね。
首塚・胴塚は街道の近くだったので寄れましたが、土民に襲われた明智藪はちょっと離れているので、あきらめました。(^-^;
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